印刷業界で日々の仕事をしていると、思わぬところで「学び」を得ることがあります。今回紹介するのは、あるチラシ印刷で起きた黒ベタ(墨ベタ)に関する印刷トラブルです。単なるミスの報告ではなく、RIP処理、CMYKの理解、そしてチーム全体の品質管理について考え直すきっかけとなりました。
■ トラブルの概要:QRコードの黒が4色ベタで裏移り
問題が起きたのは、ある販促チラシの印刷でした。QRコード部分の黒が、本来ならK版のみで印刷されるべきところ、データ上で4色ベタ(リッチブラック)になっていました。結果として、インキの厚みが増し、印刷面の裏側にインキが転写する裏移りが発生したのです。
一見単純な印刷トラブルに見えますが、その背景にはRIP処理とCMYK分解に対する理解のズレ、そして工程間のコミュニケーション不足がありました。
■ 原因:RIP処理とCMYK指定の誤り
印刷データは、制作ソフト(IllustratorやInDesignなど)で作られた段階では、文字や画像、ベクトル情報などを含む「構造的なデータ」です。これを印刷機が読み取れる形に変換するのがRIP処理(Raster Image Processor)です。
RIPは、PDFやAIデータを解析し、各色ごとにドット(網点)情報を生成します。その際、データの色情報をもとにCMYKの4版を作り出すのですが、今回のケースでは「黒」がリッチブラック(C100 M100 Y100 K100)になっており、RIPがそのまま4版すべてに同じQRコード形状を展開してしまいました。
その結果、C・M・Y・Kすべての刷版に黒が出力され、インキが4層に重なったために濃度過多となり、乾きが悪く、裏移りに至ったのです。
■ 技術的な問題よりも深刻な「認識の断絶」
この印刷トラブルは、単なるデータ設定ミスではありませんでした。問題の本質は、各工程間の「認識の断絶」にありました。
データ制作担当、製版担当、印刷担当、それぞれが自分の工程を正しく行っていた。しかし、「次の工程でどう扱われるか」を想像できていなかったのです。
例えば、データを作るデザイナーが「黒は黒に見えればいい」と思って設定したリッチブラックが、製版工程で4色分解され、刷版に4つの版として出力される。その先で印刷オペレーターは「データ通りに出している」だけ。誰も間違っていないのに、結果は不良品でした。
つまり、技術的な問題よりも、チーム間の連携・情報共有の不十分さが、品質を大きく左右するのです。
■ 経営者としての対応:叱責ではなく「共有と再構築」
このトラブルが発生したとき、私は経営者として関係する全員を集めました。しかし、それは「責任追及の場」ではなく、「なぜ起きたのか」「どうすれば防げたのか」を共有する場でした。
印刷の現場では、誰か一人の責任ではなく、チーム全体の理解が試されます。そこで話したのは次の3つのポイントでした。
- 自分の工程が次工程にどう影響するかを想像すること
- RIP処理や刷版の仕組みを全員が理解しておくこと
- 確認・報告・共有を恐れずに行う文化を持つこと
この3点を意識するだけで、同じようなトラブルはかなり防げます。印刷という仕事は「見えない連携」の積み重ねです。だからこそ、全員が全体像を知る努力をする必要があります。
■ 再発防止に向けた具体的な取り組み
1. 黒指定ルールの明確化
QRコードや本文テキストなどの黒は、必ずK100の単色黒に統一するルールを設けました。
リッチブラックを使う場合は、背景や大面積のベタ塗りなど、目的を明確にすることを義務付けています。
2. RIP前のプリフライトチェックを強化
製版段階で、自動チェックツールを導入。CMYK構成や過剰なインキ量、透明効果の分解結果などを確認し、出力前に不具合を発見できる仕組みを整えました。
3. 工程間コミュニケーションの定例化
月に一度、デザイナー・製版担当・印刷オペレーターが集まり、現場で起きた小さな気づきを共有しています。トラブル事例だけでなく、「こうしたら品質が安定した」という成功体験も共有し、品質管理をチーム文化にすることを目指しています。
■ 品質管理とは「仕組み」ではなく「文化」
多くの会社では「品質管理=チェック体制」と考えがちですが、私はそうは思いません。
本当の品質管理とは、**「誰もが自分の仕事の先を想像できる文化」**を作ることです。
印刷は、データから紙になるまで多くの人の手を経ます。ひとつの黒ベタ、ひとつの設定が、全体の印象を左右する。だからこそ、工程をまたいだ理解と共有が欠かせません。
■ 小さなミスが教えてくれた大きな学び
今回のQRコードの黒ベタトラブルは、確かに痛い失敗でした。しかし、そのおかげで私たちは多くを学びました。
RIP処理やCMYKの扱いを改めて勉強し直し、製版や刷版の流れを全員で共有しました。技術的知識と同時に、チームのつながりの大切さを再認識する機会にもなりました。
品質とは、単なる「印刷の綺麗さ」ではありません。
お客様の信頼を守るために、どれだけ工程を見直し、どれだけチーム全体で意識を高められるか。そこにこそ、印刷会社の価値があるのだと思います。
■ まとめ:品質は日常の意識から生まれる
- 印刷トラブルの多くは工程間の情報共有不足から起きる
- RIP処理とCMYKの理解は全員が持つべき基礎知識
- 黒ベタ・リッチブラックの使い分けは明確にルール化
- 品質管理は仕組みではなく文化である
一枚のチラシの裏移りが、私たちに品質とチームワークの原点を思い出させてくれました。これからも、印刷という仕事を通して、信頼されるものづくりを追求していきます。